
あなたは何故そんなところにいるんですか?なんてこと日常でよくありますよね?
例えば仕事場で何気なく振り返ってみると、上司が後ろに立っていたり、家に帰ってみると柱の陰からこっちを見ている猫であったり。
何故そんなところに?ということに遭遇することが多かれ少なかれあると思います。
私もこないだコンビニのレジに並んでいたら、おばあちゃんが私の真後ろに並んでいるのを見て「何故そこに?何故その距離感?」と思ってしまいました。

あるあるですね~。道路に片っぽ靴下が落ちているときも「何故そんなところに?」っていつも思います。
そのような「何故そんなところに?」という思いをした海上保安庁時代のお話を今回はさせていただきたいと思います。この話は多少センシティブな内容となっておりますのでご了承をお願いいたします。
海上保安庁に118入電
激熱な夏日、私が航空基地で機動救難士をしている頃の話です。
その日は「展示訓練」といってイベント的な感じで訓練を見てもらうものに参加しておりました。
航空基地から訓練の時間に合わせてヘリコプターで迎い、要救助者役として先に向かって海で溺れている救難士を救助するといった内容です。
さて、そろそろ出発しますか!

サクッと救助してサクッと帰ってきましょう!
そんなことを言いながら機材をヘリに積み込み出発。
訓練場所に向かう途中も良い天気で眠気と戦っていたのを覚えています。
そろそろ到着するぞ!準備しとけ!
パイロットの方に声を掛けられ救助の準備に取り掛かります。
しばらくすると海で必死に溺れている救難士の福島さんを発見しました。
発見後すぐに1番員が救助の為ヘリから降下、2番員が「デラックススリング」と一緒に降下し、福島さんを吊り上げ救助に成功。
1番員は訓練の後片付けや福島さんの荷物を持って帰るために海に放置して離脱。
そのまま航空基地に向け出発しました。

え?置いて行っちゃうんですか!?

はい、ヘリの重量も増えちゃいますし、福島さんの荷物もありますからね。遠方の展示訓練はいつもこんな感じです!
事案発生
展示訓練も終わり、海に入ってびしょ濡れになって少し涼しくなった今日この頃。
後は航空基地に戻り、シャワーを浴びて訓練機材の片づけをして帰宅。
そんな流れだと思っていたのですが、突如一本の無線がはいりました。
○○島の崖中腹に人が立っていると通報あり、本機は現場に急行する
パイロットから現場に向かうと報告を受け、救難士は救助機材を準備、通信士は現場の状況を無線で確認。一気に緊張感が漂いました。

崖の中腹はきついですね

ダウンウォッシュの影響で落ちる可能性があるから迂闊に近寄れないぞ

まずは現場を確認しないとですね

最悪崖の上に降下してそこから吊り上げ救助しよう

了解!
現場に向かう途中にて救助手法などを数パターン考えておくことがレスキュー現場では基本となり、現場では思わぬことが発生することが多々ありますので、入念な事前準備は必須となります。
現場到着
現場に到着すると予想より危険な状態であると判断できました。
要救助者は崖の中腹でかろうじて体制を保っていましたが、いつ落ちてもおかしくない状況になっていました。
崖の下は海なのですが岩場になっており、落ちたらおそらく助からないであろう状態でした。

かなり危険な状態ですね

これはヘリからは無理だな。ダウンウォッシュで落ちる可能性が高い。
ヘリからの吊り上げ救助は断念し、崖の上から吊り上げ救助を行う為、ヘリから崖に降下し、急いで要救助者の直上に向かいました。
要救助者の直上に到着すると、幸運なことに吊り上げ救助に必要な「支点」となる大きな木があり、そこに吊り上げ救助用の機材を設置、併せて要救助者のところまで行く用の降下ロープも設置することができました。

俺が行きます!

分かった、俺が吊り上げを行うから、要救助者の確保を頼んだぞ!!
要救助者の体力も気になるところだったので、すぐに降下を開始。要救助者の元へ一気に降下しました。

海上保安庁です!もう大丈夫ですよ!
そういいながら要救助が落下しないよう前に位置し、声を掛けました。
炎天下の中必死に耐えていた要救助者は女性で、全身火傷に近いほどの日焼けをしていました。
一体どれだけ耐えていたのでしょう。
声も出ないくらいに憔悴しきっていました。
おそらく軽度の脱水症状と熱射病となっていると判断し、早く病院へ搬送しなければと思い、急いで要救助者に「エバックハーネス」を装着しようとしたところ、背中から腕の後ろに傷があり、動かすことがかなりキツそうな状況でした。

少し痛いですが、ゆっくりでいいので救助用のハーネスを付けましょう!
そう言うと、女性はゆっくりと冷静にハーネスを装着してくれ、なんとか吊り上げ準備が完了しました。

福島さん!吊り上げ準備完了!
無線で連絡を取り吊り上げ救助を開始した。
要救助者は憔悴しきってはいましたが、しっかりとこちらの言葉を理解してくれた為、スムーズに救助が完了し、崖の上まで吊り上げることができました。

もう大丈夫ですよ!よく頑張りましたね!すぐ病院に連れていきますからね!!
「ありがとうございます、、、」
病院へ搬送
崖の上から要救助者をヘリに吊り上げ、近くの救急車が待機している場所まで搬送、消防の救急隊に引き継ぎ要救助者は病院へ搬送されました。

なんであんなところにいたのだろう?
要救助者は憔悴していて事情を聴くことはできず、そんな謎が残りましたが、ひとまずは無事に救助出来て安心しました。

お疲れ!

福島さんもお疲れ様です。今日はカッコよかったですよ!

嫁が惚れるのも無理ないだろ?
家出癖のある福島さんでしたが、レスキュー中は本当に頼りになる先輩です。
緊張感ある実働から解放されて馬鹿話をしつつ、航空基地に帰りました。
最後に
あれから数日、私は何故あんなところに女性がいたのかずっと気になっていました。
たまたま海上保安部に立ち寄ることがあったので、救難課の知り合いに崖の中腹にいた人の話を聞いてみました。

お疲れ様です。この間の崖の人ってなんであそこにいたか分かりました?
ああ、この間はお疲れ様!あの人ね「自殺」しようとしたらしいよ。

自殺!?
うん、でもね、崖から飛び降りようとしたんだけど怖くなってやめようとしたら、足がすくんじゃって崖から滑り落ちたんだって。でもなんとか中腹にとまって耐えていたらしいよ。

だから傷だらけだったんですね。
でも、ありがとうって言ってたよ。死ななくて良かったってさ。
その話を聞いた時、恥ずかしながら涙がこぼれてしまいました。
海上保安官になり、潜水士になって、機動救難士となった今でも、「生きている人」を救助する機会は少なく、救助した人から感謝されるのは貴重な体験でした。
要救助者の女性とは直接会うことはありませんでしたが、今も元気に過ごしてくれていればいいなぁ。なんて今でも思いだすことがあります。

これを読んでいる皆さんも、海上保安官になって救助活動してみませんか?

コメント